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Pick Up Program / ピックアッププログラム

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浦添市「鰻作(まんさく)」

江戸にケチな男がいたそうだ。

その男は鰻屋の前に行っては、蒲焼きの匂いを嗅ぎ、
急いで家へ帰って飯をかきこんだのだそうだ。

しかしあまりの頻度に店主も一考を巡らせ
鰻の匂い代として八百文のお代を請求した。

ケチな男は抗議する。「俺は何も食っていない」
店主「食わずとも、蒲焼きの匂いの代金を払ってもらおう」

するとケチは財布から八百文を出し板の間に放り投げる。
チャリンチャリンと音を立てると
「それなら銭の音を聞くだけでよかろう」
ケチ男は銭を拾って店を去った。


蒲焼きという小噺だ。
今、俺はまさに、鰻屋の前にいる。
そして蒲焼きの匂いを嗅いでいる。



よし、俺も急いで家に帰ってご飯をかきこむぞ…なんてね。
ふふふ、今日はそんなことをしなくてもいい。

今日はご相伴にあずかり、鰻をご馳走してもらえるのだ。
しかも県下で有名な「鰻作」で。
今日は江戸のケチ男にならなくてもいい。
まぁやったことはないが。

本日のホストF氏を待つ。
あまりの楽しみに集合時間の10分前に着いたではないか。
時計の針が10回回れば鰻にありつける。たった10回
ではないかと我に命ずるも、どういうわけか今日はその
1回1回がまどろっこしい。店からは蒲焼きの匂い。
こちらの思うように進まない時計。ちょっとした拷問だ。

果たして、その拷問はどのくらい続いただろう。
もう勘弁してくれてと顔を上げると、黒い彼の愛車。
店前で待つ私を見つけて「待たせたな」とばかりに車から
手を振るF氏。「やっと来た。遅いじゃないか」と時計を
見ると集合時間ジャスト。
氏は遅れたのではない。時間通りに来たのだ。

店に通され、メニューを見る。


ふふふ、そんなもの見る必要はない。
なぜなら前の日から何を注文するかは決めいていたのだ。
美味しい鰻を食べさせてもらえるのだ、予習は必要。
スマートに注文するのが奢られる側の最低限の礼儀。
そしてそれは鰻に対する敬意だ。

ただ、見ないで注文というのは、40目前のいい大人が
ガッついているように見られ、無粋だ。決まっている
メニューの再確認も兼ねてメニューを見て
「あっ!うな丼とお蕎麦のセットってなんだかお得な感じでいい!」
なんて言い訳をしながら、「じゃ、私はこれで」と一言。
よし、いよいよ夢にまでみた鰻作のうな丼とご対面だ。


晴れてはいるが空気が冷たい。今年の沖縄は少し季節の移ろいが早い。
そんな時に飲む熱いほうじ茶はうまい。


転がすようにゆっくりと飲むのがいい。
食道をゆっくり通す。そしてラストは胃薬のCMのクライマックス
のようにパァ〜っと胃の中にそれが広がる。
そしてそれはこれから鰻を入って来ますよという胃に対する
サインだ。


正午を過ぎた店内は私たちと同じように鰻を待つ人で溢れていた。
みんな本当は嬉々としているくせに、
「いや、私はいつも食べてますから、普通のお昼ですわよ」的に
その喜びをどこか隠している。目は口ほどに物を言う。
みんな店員さんの動きに目を光らせ、蒲焼の匂いの源を覗いている。
絶対のそうだ。そうであるに違いない。

「はい、お待たせしました。」
ほどなくして、鰻と蕎麦の共演が目の間に現れる。


よし!と割り箸を割り、勢いよくうな丼の蓋をあける。

「鰻さんこんにちは!」

程よく、でもしっかりと敷かれたタレの上に、
2片の鰻が鎮座する。蒲焼の匂いが染み付いた湯気に
まずは顔を埋め深呼吸する。美味しい鰻を前にした私の挨拶だ。

程よく鰻に箸を入れる。
「ふわっと」間違いなしの箸入れ具合。
もう最高の味が保証されたようなものじゃないか。
タレ絡との絡まり具合はもはや芸術品クラス。
その芸術を大きな口に運ぶ。

程よい柔らかさ、
品良く口に広がる油、
甘過ぎずからすぎず蒲焼をしっかり引き立てるタレとご飯。
それを確かめるようにもう一口。
芸術じゃない。これは宝である。

3口目以降は山椒を投入。
この辛み。最高じゃないか。
程よくピリッとするそれはサンショールと呼ばれる成分らしく
肩こりや神経痛にいいらしい。
そうか、だからさっきから肩が軽いのか。

わさびを少しとり、蕎麦の上に乗せる。
そばつゆは先にちょんとつける程度でいい。
大きな音を立てて蕎麦がすすられる。
鰻の油で少しベトついた贅沢の口の中が
今度は蕎麦のさっぱりに変わる。
そして鼻では山椒の残り香をわさびが上書きされる。
箸休めのお新香。ゆすぐように口に含むほうじ茶。
うな丼は江戸時代に生まれたという。芝居小屋の主人が
「蒲焼が冷えないように」と熱々のご飯の中に挟んで
届けさせたことがはじまりらしい。
そのあまりの美味しさは時の将軍様も唸ったとか。
食事の中盤、箸休めのお新香とほうじ茶をすすりながら
きっと、今の私のようにこうつぶやいただろう
「余は満足じゃ」


鰻、蕎麦、鰻、蕎麦、その往復が23回。
鰻と蕎麦の共演は幕を下ろした。
「もろびとのふかき心にわが食みし、
鰻のかずをおもうことあり」
斎藤茂吉の幸せは鰻を食することだったと言われるが、
今日ここで何匹の鰻が人を幸せにしたのだろう。

 

 

住所
〒901-2102 沖縄県浦添市字前田1061
TEL
098-917-1285
営業時間
昼11:00~15:00(ラストオーダー14:30)
夜17:00~22:00(ラストオーダー21:30)
定休日
火曜